<尾鷲よいとこ定食の店>
このコラムは、漁港の町で地魚料理を味わう冊子 「尾鷲よいとこ定食の店」との連動企画です。「尾鷲よいとこ定食の店」掲載店を訪ねて回ります。
第8回目は、尾鷲駅から歩いて1分の「あけぼの寿司」さんを訪ねました。
「ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅっ」
今日も井上さんは、両手で木枠を押す。店の扉を開けると、店内に小さく響くのは、こけら寿司の音だ。
あけぼの寿司のよいとこ定食は「こけら寿司」(税別1,600円)。
<あけぼの寿司のこけら寿司>
店構えには、人となりが表れると思う。
築20年を迎える今にあって、あけぼの寿司の店内は気持ちがよい。秘訣をたずねると、「毎日すみずみまで掃除しているからですかね」と大将の井上さん。
井上雅博さんは、尾鷲の寿司屋に生まれた。高校卒業後、名古屋の「仕出し割烹しげよし」で料理人として7年間はたらいた。お父さんがはじめた寿司屋を継いだ。今は、ご夫婦で切り盛りされている。
こけら寿司のベースとなったのは、尾鷲市の郷土料理である押し寿司。にぎり寿司の前身ともいわれており、寿司を“押し固めてつくる”ことから、結納やおひなさんといったお祝いの席で食べられてきた。
「昔は各家庭に木枠があって、家でつくっていたんですよ。けれども玉子、にんじん、酢の魚。ネタが素朴なんでね。だんだん喜ばれなくなりました。そこでネタを変えて、一口サイズに切ったのがこけら寿司です」
ネタはマグロ、イカ、エビ、アジ、ジダコ、玉子の6種類。
大漁旗を思わせる彩りに、せっかくならば名前にもおかしみを持たせたい。そこで、こけら寿司と命名。屋根瓦の下に重ね並べる杉板“こけら”にちなんだ。目にも楽しいこけら寿司は、旅雑誌で紹介されるように。三重県北部、和歌山県、そして奈良県からもはるばるお客さんが訪れるという。
そして、尾鷲へ来たからには、もう一品味わいたいもの。井上さんの一押しは、オニエビの握り。抱き合う2尾のオニエビを、ミソとツメ(アナゴのタレ)でいただきます。
あるいは、冬であれば尾鷲産のワタリガニ、タカアシガニ、天然のトラフグ、紀北町名産の渡利カキ…
あけぼの寿司の魅力は、料理はもちろんのこと。井上さんの話にもあると思う。尾鷲には、Instagram映えするような小洒落たカフェはあんまりない。その代わりと言ってはなんだけれども、のれんの向こうにはおじさん、20、30代の跡継ぎの笑顔が現れる。はじめて訪ねたカウンターなのに、肩の力が抜けた会話は、どこかなつかしくもある。
日ごろ尾鷲の国道を通り過ぎるあなたはぜひ、尾鷲のまちへ迷いこんでみて。そこにあるのは、猫を追いかけてふと路地裏へ入りこんだような、小さな旅。
紙面でお伝えできることは、ひとにぎりです。
<お店の情報>
あけぼの寿司
住所 三重県尾鷲市中央町 9-55
電話 0597-22-0376
営業時間 11:00~14:00/16:00~22:00
営業日:月曜休み /席数:40 席/駐車場:10台
アクセス:尾鷲北ICから車で6分。尾鷲駅から徒歩5分
(写真と文 大越元)