尾鷲よいとこ定食の店vol.5(パスタ&コーヒー 遊味)

 <尾鷲よいとこ定食の店>

このコラムは、漁港の町で地魚料理を味わう冊子 「尾鷲よいとこ定食の店」との連動企画です。夢古道おわせ支配人の伊東将志(いとうまさし)と、「尾鷲よいとこ定食の店」掲載店を訪ねて回ります。

第5回目は、尾鷲駅から歩いて3分の「パスタ&コーヒー 遊味(ゆみ)」さんを訪ねました。

<遊味の虎の尾スパゲッティーニ>

 

 

「俺も頼もうかなぁ」

カウンターの常連さんがつぶやく。

 

熱したオイルに尾鷲アンチョビ、虎の尾、ニンニクが飛び込むと、店内に香りが広がる。港町を食味で楽しむのが海鮮丼だとすると、香りで楽しむのが虎の尾スパゲッティーニだ。

 

 

ここ、遊味(ゆみ)のよいとこ定食は、「虎の尾スパゲッティーニ」(900円)です。

 

尾鷲港で水揚げされたカタクチイワシの“尾鷲アンチョビ”と、向井地区でのみ育てられてきたトウガラシ「虎の尾(虎の尾)」を材料としたパスタ。

 

スパゲッティーニを口に運ぶ。心地よい辛みに、柑橘さえ思わせる香りが続く。

 

尾鷲駅から徒歩3分の中村町に店をかまえる遊味。店の前にはローズマリー、ミント、バジル、トマト、そして20㎝ほどに育った虎の尾が植わっている。

 

 

「辛さの中にうまみがあるんですね。鷹の爪(たかのつめ)だと、この風味が出ないんです」

 

そう話すのは尾鷲市出身のマスター・黒貞幸(くろ さだゆき)さん。

 

虎の尾スパゲッティーニは、虎の尾を用いたメニュー開発の相談を受けたことから。

 

 

尾鷲アンチョビは、頭と内臓を取り除いたカタクチイワシを一月強塩漬けに。水抜き後、オリーブオイルに漬けこむ。単品を肴にワインを楽しむお客さんもいるとか。

 

もう一つの主役である虎の尾は、尾鷲市向井(むかい)地区でのみ育てられてきた在来種のトウガラシ。かつて尾鷲の漁師たちは、船上で魚を食べるときに薬味として用いたそう。一時期は生産量が減少、今ふたたび生産に力を入れている。

 

 

とれたてをフードプロセッサーで粉砕、冷凍保存。このとき、種と綿を抜くことで上品な辛さに(辛いのがお好きな人は「種あり」とオーダーを!)。これからの季節は、虎の尾の下処理に追われるのだとか。

 

onigawara_006

 

スパゲッティーニにぜひかけてほしいのが、虎の尾ビネガー。かけることで、さわやかな香りが鼻を抜ける。また別の料理をいただいているようだ。お酢は、県内紀宝町でつくられているみふね酢を使用。「色々試した結果、これが一番よくて」と黒さん。

 

ぺろりと一皿をたいらげると、オーナーの黒さんに話をうかがった。

 

onigawara_007

 

黒さんは、19歳でフランス料理の世界へ。名古屋、金沢と渡り、尾鷲へ帰ってきた。喫茶店を営んだのち「なかなか飲食店で食べていくのは大変で」と板金工の仕事を33年勤めた。

 

遊味を開店したのは、2009年のこと。

 

板金工としてはたらく間も、料理は好きだった。「子どもには、手づくりの料理ばかり食べさせよったで」。そんな遊味には、黒家の食卓生まれのメニューが多い。「これ、いけるんちゃう?」という家族の一言が、決め手だ。

 

onigawara_008

 

冷蔵庫には、自家製のダイダイ酢、レモン酢、バジルペースト、トマトソース、ホワイトソースがぎっしり。「市販のソースをつかった料理は、ここでなくとも、僕でなくともできるじゃないですか」

 

外から訪れるお客さんの大半は、虎の尾スパゲッティーニを注文するとのこと。実は、地元にもファンのいるメニュー。会社勤めの女性客でにぎわう平日の昼。月一で食べにくるご近所さんもいるそう。その気持ち、わかる。

 

ちなみにメニューは虎の尾スパゲッティーニだけではありません。

 

onigawara_008

 

無農薬栽培した自家製バジルソース、コトコト煮込んだトマトソース。「ええダシが出るから」と“かえりちりめん”を用いた「ちりめんじゃこと虎の尾のパスタ」。夏場は「アカイカと虎の尾のパスタ」も。尾鷲で獲れるアカイカは、味が濃いという。

 

あなたも、香りで港町を味わってみませんか。

 

ところで遊味には、もう一つの過ごしかたがあります。

 

onigawara_007

 

旅先で、喫茶店に入るのはどうですか。

 

取材の当日も、黒さんとの話が楽しこむうち、追加でブレンドコーヒーをお願いした。ミルの音を聞きながら、原稿を書いています。この日は売り切れだったけれど、いちじくのクグロフもある。「シュガーを使う量が少なくてすむんです。酸味が少なくて、果汁が多うて、甘味もあるから」というのが、三重県名産のマイヤーレモンのスカッシュ。

 

原稿を書いていると、近所のお客さんが20㎝超のワタリガニを持参する場面が。川で獲ったそうだ。火にかける黒さん。その隣の鍋には、ガシラ(カサゴ)。葉っぱがシェフのレストランからいただいたという。尾鷲のえんがわへ上がり込んだような、不思議な時間を過ごす。(魚くさくはなかったです、念のため)

 

「携帯電話のなかった時代は、喫茶店が待ち合わせ場所だったんだよね」

 

onigawara_007

 

挽きたてのコーヒーを出しながら、黒さん。

 

「逆に今、そんな待ち合わせも粋かもしれないねぇ」。

 

旅先で喫茶店に入るのも面白いかもしれないなぁ。そう思いながら、遊味をあとにしました。

 

<お店の情報>

パスタ&コーヒー 遊味

住所 三重県尾鷲市 中村町6−25

電話 0597-22-7158

営業時間 8:30-20:30(ラストオーダー)

営業日:木曜休み/席数:20席/駐車場:2台/尾鷲北ICから車で3分。尾鷲駅から徒歩3分

 

(写真と文:大越元)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です